1ラック1MWをどう配るか — AI DCが直流800Vへ動く理由と、日本にだけある「750Vの壁」

✍️ DCトレンド研究編集部(現役DCエンジニア監修)
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製造受託の大手が、電力変換に44億ドルを払った

2026年9月、電子機器の受託製造大手Flex(シンガポール)が、米カリフォルニアのEPC Powerを44億ドルで買収すると発表しました。年内のクローズを予定しています。

EPC Powerは2010年創業、知名度の高い会社ではありません。しかし中身を見ると納得がいきます。

項目内容
実績15GW以上を62カ国に導入済み
生産能力米国内で2027年に年30GW超の見込み
技術領域800V直流アーキテクチャ、能動デジタル整流器、DC-DC変換、蓄電、系統形成制御
ロードマップ半導体変圧器(ソリッドステート・トランス)
買収後FlexのCPI部門へ。同部門は2027年第1四半期に分離上場予定

電力変換という、これまで地味とされてきた領域に44億ドルが動いた。 そしてこれは単発の話ではありません。いま業界全体が、給電方式の世代交代に入っています。

なぜ800Vなのか——オームの法則が設計を決めている

当サイトは先週、ドコモビジネスと東電PGのコンテナDCパークの記事で、こんな数字を扱いました。

1ラックあたりの発熱は、2020年の約13kWから、いまや130〜600kWに達している。

このとき論じたのは「その熱をどう捨てるか」——つまり液冷の話でした。

しかし問題はもう半分残っています。その電力を、どうやってラックまで運ぶのか。

電流が、物理的に成立しない

中学校で習う式がすべてを決めます。

電流 = 電力 ÷ 電圧(I = P / V)

現在のAIラック内配電は54V直流が主流です。ここに600kWを流すと、どうなるか。

配電電圧600kWを送るのに必要な電流1MWなら
54V(従来のラック内)約11,100A約18,500A
800V750A1,250A

11,100アンペア。 これは比喩ではなく、実際にその電流を流す導体が必要になるという意味です。銅の断面積は電流にほぼ比例して増えるため、バスバーは腕ほどの太さになり、曲げられず、重くて支持構造が要り、そして発熱します。

さらに、導体での損失は電流の2乗に比例します(I²R)。電圧を約15倍にすれば電流は約15分の1、損失は200分の1以上になる計算です。

NVIDIAはこれを端的に述べています。

物理法則上、400kWから1MWのラックには800V直流が必要である。

公表されている効果

NVIDIAが示している800VDC移行の効果は次の通りです。

  • 電力変換段を最大4段削減
  • 端末間の給電効率を5%以上改善
  • 銅の使用量を45%削減
  • 総保有コスト(TCO)を約30%低減
  • 同じ銅で、415/480V交流比150%以上の電力を送れる

中国側の報道では、変換段が6段から2〜3段へ、端末間効率が**85%から92%**へ改善し、PUEが1.08に近づくという整理がなされています。

変換のたびに電気は目減りします。 従来は「交流受電 → 変圧 → UPSで交直交 → 分電盤 → 電源ユニットで交直 → ラック内でDC-DC」と何度も変換していました。800V直流は、施設の入口で一度だけ整流し、あとは直流のまま運ぶという発想です。

2027年に、何が来るのか

時間軸は明確です。

時期出来事
2026年後半Vertivの800V製品群が投入
2027年NVIDIA Kyber(NVL576、Rubin Ultra を最大576基/ラック)量産。1MWラックの本格展開
2027年米TIの見通しでは、800V電源の採用が始まる(現時点では試作段階)

2027年が分水嶺です。 そして日本のDCの設計・着工リードタイムを考えれば、いま設計している施設が、その世代を受け入れることになります。

標準化はすでに走っている

これは一社の都合ではありません。業界標準として進んでいます。

OCP(Open Compute Project) では、Mt Diablo(Diablo 400) 仕様が公開されています。Google・Meta・Microsoftの共著です。

  • サイドカー型の電源ラックを計算ラックの隣に置き、そこで 480V交流を ±400V または 0〜800V直流に変換する
  • 対応するITラックは 100kWから1MW
  • 公開済み仕様は**±400V対応**。ネイティブ800Vは Mt Diablo 2.0 で対応予定

そしてGoogle・Microsoft・NVIDIAがOCPを通じて低電圧直流への移行を推進しており、80社以上の機器・インフラ企業が関連製品の開発に参画しているとされます。

このサイドカー方式が実務的に重要です。 建屋全体を直流化する必要がなく、既存の480V交流の施設に電源ラックを足すだけで移行できるからです。段階的な移行の道筋がすでに用意されている、ということです。

中国は、国家の政策文書に書き込んだ

そしてここが今週の大きな動きです。

2026年9月4日、中国の中央網信弁公室、国家発展改革委員会、工業情報化部など7部門が連名で《デジタル化・グリーン化の協同転換発展促進実施方案(2026〜2030年)》を発出しました。その中にこう明記されています。

算力施設の800V高圧直流給電アーキテクチャを探索し、1ラック100kW超の配備を推進する。

給電電圧という技術選択が、産業政策の文言になった。 標準化を待つのではなく、国家が方向を指定して産業を寄せにいく動きです。

【現場視点】日本にだけ、別の壁がある——直流750V

ここからが日本の読者にとって本題であり、この記事で最も伝えたい部分です。

日本の電気設備に関する技術基準を定める省令(電技省令)第2条は、電圧をこう区分しています。

区分直流交流
低圧750V以下600V以下
高圧750V超〜7,000V以下600V超〜7,000V以下
特別高圧7,000V超7,000V超

一方、国際規格IEC 60364では、**直流1,500V以下が「低圧」**です。

つまり——

世界が「低圧」と呼ぶ直流800Vは、日本では自動的に「高圧」になる。

これは技術の問題ではなく、区分の問題です。 まったく同じ機器が、国境をまたいだ瞬間に別のカテゴリに入る。

高圧扱いになると、現場で何が変わるか

区分が変わるだけ、では済みません。

  • 施工要件 — 高圧配線としての防護措置と離隔距離が求められる。ラック間の狭い空間でこれを満たすのは容易ではありません
  • 保安体制 — 電気主任技術者の管理対象範囲が広がります
  • 保守性 — 活線でのモジュール交換や挿抜を、高圧設備としてどう扱うのか。ベンダーの標準サポート手順がそのまま使えない可能性があります
  • 本末転倒のリスク — 規制を回避するために特注の降圧トランスを挟めば、変換段が増え、800V化で得たはずの効率を自ら捨てることになります

世界標準の機器を、そのまま日本のデータホールに持ち込めない。 これが2027年に向けた、日本固有の実務課題です。

ただし、前例はある——太陽光と蓄電池

悲観だけで終わる話でもありません。日本には、同型の問題をすでに一度解いた実績があります。

メガソーラーです。太陽光発電は直流1,500Vが世界標準になりましたが、日本でも同じ「750Vの壁」にぶつかりました。その解き方が、電気設備の技術基準の解釈(電技解釈)第46条に残っています。

取扱者以外の者が立ち入らないような措置を講じた太陽電池発電所においては、使用電圧が直流1,500V以下である等の条件の下で、高圧の電線に太陽電池発電設備用直流ケーブル(PVケーブル)を使用することができる。

「立入制限」を条件に、高圧としての過剰な要件を外したわけです。

そして注目すべきは、2025年11月の改正です。同様に取扱者以外が立ち入らない措置を講じた場所の蓄電池についても、PVケーブルの使用が可能である旨が規定されました。つまりこの考え方は、太陽光専用の特例ではなく、他の設備へ拡張された実績がある。

ここから先は筆者の見立てであり、決まった話ではありませんが——**データホールは、まさに「取扱者以外の者が立ち入らない、施錠管理された区画」**です。太陽光・蓄電池と同じ論法が適用できる余地は、十分にあると考えています。

対応の方向性としては、おおむね3段階が想定できます。

  1. 解釈での対応 — 立入制限された区画であることを条件に、技術基準の解釈で個別に手当てする(太陽光・蓄電池と同じ道筋)
  2. 省令の改正 — 電技省令第2条そのものを見直し、直流低圧の上限をIEC準拠に引き上げる
  3. 周辺基準の整備 — 消防・火災予防条例側の扱い、保安責任の分界点の明確化

1番目が最も早く、現実的です。 ただし現時点で、これらが公式に進んでいることを示す資料は確認できていません。あくまで前例からの推論として読んでください。

皮肉な構図——部品では、日本は中心にいる

ここで奇妙なことが起きています。

800V化で不可欠なのは SiC・GaN といったパワー半導体です。高い電圧を高効率で扱うには、従来のシリコンでは足りません。

そしてこの領域は、日本が強い分野です。

  • NVIDIAは800V直流の推進にあたり、三菱電機、ローム、ルネサスエレクトロニクス、そしてInfineonと組んでいます
  • ロームは、次世代800VDCアーキテクチャ向け電源ソリューションのホワイトペーパーを発行しています

さらに、800VはEVの標準電圧でもあります。 急速充電に対応する電気自動車は800V級のシステムを採用しており、SiCデバイス、コネクタ、コンタクタ、保護部品のサプライチェーンは、すでにEV向けに量産規模で立ち上がっています。 日経クロステックが「EVの次はAIデータセンター」と表現したのは、この転用可能性を指しています。

日本の自動車部品・パワー半導体産業にとって、800VDCは有利な地形です。

にもかかわらず、その部品を組み込んだ世界標準の機器を、自国のデータセンターにはそのまま設置しにくい。 部品では中心にいて、設備では周縁にいる——これが現在の日本の立ち位置です。

現役エンジニアとして、ここを見ている

論点1:いま設計する施設は、800Vが来る前提で余白を取る

最も実務的な助言はこれです。2027年以降に本格化する世代を、いま設計中の施設が受けることになります。

規制がいつ整うかは読めません。しかし、電源ラックを置ける物理空間、床荷重、離隔を確保できる区画割りを最初から織り込んでおけば、制度が整った時点で対応できます。逆に、後から空間は作れません。

論点2:直流のアークは、消えない

安全面の話を正確にしておきます。

交流には「ゼロクロス」があります。 1秒間に100回または120回、電圧がゼロを通過する。だからアーク(電弧)が自然に消えやすい。

直流にはそれがありません。 一度アークが出ると、引き伸ばされても持続します。 だから直流の遮断器は交流より難しく、高価で、大きい。

**「直流800Vは、同じ電圧の交流より扱いが難しい」**というのは事実です。日本の区分が直流750Vと交流600Vで異なり、直流のほうが高い値に設定されているのは、路面電車(直流750V)の歴史的経緯によるものですが、いずれにせよ規制側が直流の高電圧に慎重になるのには、技術的な合理性があります。

批判だけしても前に進みません。求められているのは「安全に成立させる設計」の提示です。密閉型バスウェイ、アーク検出、区画の立入管理——太陽光がそうしたように、条件を積んで認めてもらう道筋になるはずです。

論点3:効率5%は、日本では「容量」を意味する

見落とされがちな点です。

給電効率が5%改善するということは、同じ受電容量でIT機器に回せる電力が増えるということです。

先日の記事で、コンテナDCパークの受電2.0MWのうちIT機器向けは1.4MWという数字を扱いました。ここで給電効率が5%改善すれば、単純計算で100kW分がIT側に戻ってきます。

受電点そのものが最も希少な資源であり、系統につなぐ権利に値段がつき始めたいま、効率改善はそのまま容量です。 新たに受電枠を取るより、既存の枠から取りこぼしを減らすほうが早い。

日本のように系統接続に10年待つ市場でこそ、800V化の経済価値は大きい。 規制の壁がそこを塞いでいるのは、もったいない話です。

論点4:銅45%削減は、いまの銅価格では重い

もうひとつ、地味ですが効く点を。

銅の使用量45%削減は、単なる省資源の話ではありません。銅価格が高止まりし、DC建設のサプライチェーンが逼迫しているいま、調達リードタイムと建設コストに直接効きます。

ただし公平に書けば、電力変換機器そのものは高くなります。 SiC・GaNはシリコンより高価で、半導体変圧器はさらに先の技術です。銅で浮いた分を変換機器に払うという構図であり、総コストが下がるかどうかは規模と設計によります。NVIDIAの言うTCO30%低減は、電力損失の削減分を含めた長期の数字として読むべきでしょう。

まとめ

  • Flexが電力変換のEPC Powerを44億ドルで買収。 地味だった給電の領域に、巨額が動き始めた
  • 1ラック600kW〜1MWの時代、従来の54V配電では電流が1万アンペアを超えて物理的に成立しない。 だから800V直流へ移る
  • 効果は変換段を最大4段削減、効率5%超改善、銅45%削減、TCO約30%低減
  • 2027年が分水嶺。 NVIDIA Kyberの1MWラックがその年に来る
  • 標準化はOCPのMt Diabloで進行中。サイドカー方式なら既存施設からの段階移行が可能
  • 中国は9月4日、7部門連名の政策文書に800V高圧直流を明記した
  • そして日本には「750Vの壁」がある。 電技省令では直流750V超が高圧、IECでは1,500V以下が低圧。世界が低圧と呼ぶ800Vが、日本では高圧になる
  • ただし太陽光(電技解釈第46条)と、2025年11月に拡張された蓄電池という前例がある。立入制限を条件とした同じ論法が使える余地はある
  • 部品では日本は中心にいる。 NVIDIAは三菱電機・ローム・ルネサスと組み、800VはEV由来のサプライチェーンが効く

熱の問題は液冷で解こうとしています。電力の問題は800V直流で解こうとしています。どちらも「1ラックに何百キロワットを詰め込む」という一つの現象から出てきた、表と裏の答えです。

そして日本では、技術ではなく区分が律速になっている。 ここは、業界として声を上げる価値のある論点だと考えます。


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関連用語: PUE / UPS / DLC / GPU / ハイパースケーラー

出典

この記事は DCトレンド研究 が独立した第三者の立場で執筆しています。